今さらながら、リーダーシップとは何かについて考えてみる

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リーダーシップとは

スタートアップのリーダーシップと成熟期のリーダーシップとは

いつのまにかすっかり春ですね。新たなステージを迎える方も多い季節ですから、会社内で昇進して、もしくは新たに事業を立ち上げて、いわゆるリーダーという立場になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?

そんな僕も、このビズバ!というメディアを新たに始めて、なんとなくリーダーシップとは何ぞやということを考えたりしております。

色々調べていく中で、チームのパフォーマンスは、チームリーダーのリーダーシップにかかっているみたいな話に行き着くことが多いんですが、そこで素朴な(というか自分が無知なだけなんでしょうが)疑問が浮かんでしまうんです。

というのも、スタートアップのような生まれたばかりの(あるいは生まれようとしている最中の)リーダーシップと、誕生からしばらくたった大企業におけるリーダーシップとでは、求められることが違うんじゃないの?って思うのです。

なんだか、その辺を包括的に書いてるものがあまりないなと感じたので、今回はリーダーシップについて素人ながら自分なりに思ったことをつらつら書いてみようと思います。

まぁ、あくまで素人考えですし、てんで的外れなところもあるかもしれませんが、急に評価基準にリーダーシップなんて項目が追加されたサラリーマンの方や、事業を立ち上げたばかりの方たちと、リーダー界の新参者同士思うことをシェアできたらなと思ったわけであります。

 

で、TEDフリークの僕がたどり着いたのが、やっぱりTEDでして、そこでリーダーシップについて考えさせられたスピーチが2本ありましたので、紹介したいと思います。

最初のスピーカーはミュージシャンかつ起業家のデレク・シヴァーズです。スピーチでは短い動画とともにムーブメントがどのように起こるかが解説されていて、リーダーシップのあり方にまで話は展開します。このスピーチは、特にスタートアップのリーダーシップを考えるときに参考になるのではと思っています。

それではどうぞ。

いかがでしたか?

動画冒頭、スクリーンには丘のような場所が映し出され、そこで上半身裸の男が手足をブラブラさせ踊っています。ある種、異様な光景ですね。
周りの人たちも気にはなっているのでしょうが、視線を背け、関わろうとしません。
そりゃまあ、これが普通の反応だと思います。下手すれば職質ものです。案の定、裸の男は嘲笑の対象となるばかりです。

しかし突然、画面左からTシャツを来た男性が駆け寄り、裸の男と共に踊りだします。

つまり彼が最初のフォロワーで、それはすなわち、周囲から無視されていた裸の男がリーダーとなったことを表します。
新たなリーダーである裸の男は最初のフォロワーにあれこれ指示はしません。フォロワーが楽しめるよう少しだけ手を貸しますが、あとは好きなようにやらせておきます。

気分を良くしたフォロワーは、彼の友達を招き入れます。丘の上で踊り狂う三人の男達。
しかしそこにはもう、裸の男が1人で踊っていた時のような異様な雰囲気はありません。いや、あるのかも知れませんが、1人の踊る変人から踊ることを楽しむ集団に変わっています。

そのことを示すように、すぐさま4人目、5人目が加わり、あとは加速度的に人が増えていきます。台本があるのではないかと思えるほど見事な光景です。

さて、こうなってくると立場が逆転します。今度は参加しない人たちこそ嘲笑される対象となったのです。踊る阿呆に観る阿呆というわけです。周りの人だけではなく、遠くにいた人たちまで走ってきて、こぞって踊る集団に加わろうとします。こうして裸の男は一つのムーブメントを生み出したのです。

めでたしめでたし。

 

裸の男のリーダーシップとは

さて、こうしてある丘に一大ムーブメントを起こした裸の男ですが、彼のリーダーシップとは何だったのでしょうか?彼は何をしたのでしょうか?

動画を観る限り、彼が表立って何かをやったようには見えません。そりゃそうです。実際、彼は何もやっていないんですよ。
彼はフォロワーであるTシャツの男を管理しませんでした。最初に少しだけ踊り方を教えてはいますが、Tシャツの男は素直にその方法に従ったわけではありません。

実際、裸の男とTシャツの男の踊りは全く同じではありません。しかし、裸の男はそれを矯正しようとはしません。目標を定めさせたり、進捗を管理したり、評価したりしていません。
Tシャツの男も、自分の思うままに楽しんでますし、そこには報告も連絡も相談も存在しません。

裸の男がしたのは、自分が考えた楽しい遊びに自分が熱狂していることを、これでもかというくらい表現して、新たな参加者を受け入れただけでした。

 

Tシャツの男のリーダーシップとは

スピーカーであるシヴァーズの目の付けどころがさすがだと思ったのが、彼が裸の男だけでなく、Tシャツの男にもリーダーシップを見出している点です。

シヴァーズは最初のフォロワーであるTシャツの男こそ、このムーブメントの影の立役者だと言います。
彼が裸の男に付いていくと決め、他の人たちにこの集団に加わる方法を示したことこそがムーブメントを巻き起こしたと言うのです。そしてそれはある種のリーダーシップであると。

僕たちはどうしても最初に始めた誰か(この動画では裸の男)だけを賞賛してしまう傾向があるように思います。カンブリア宮殿もガイアの夜明けもfeaturing 創業者なわけです。確かに裸の男は無から有を生み出しました。彼の功績は何事にも代え難いでしょう(シヴァーズは過大評価だと言っていますが、それは多分に教訓的な意味合いだろうと思います)。

しかし、裸の男の功績もTシャツの男がいなければ成し遂げられなかったことも事実です。Tシャツの男は裸の男の創造性を理解し、彼についていこうと決め、周りを巻き込んでいきました。シヴァーズはここにリーダーシップを見出しているのです。

 

スタートアップでのリーダーシップとはいかなるものか

なんだか話がそれてきた気がするので、本題に戻ります。

スタートアップでのリーダーシップとはなんぞやという話でした。僕がこの動画から感じたのは以下の三点です。

一つ目は裸の男がやったように、独創的なアイデアを思いつき、表現する力。

二つ目はシヴァーズがフォロワーであるTシャツの男に見出した、勇気を持って参加し周囲を巻き込んでいく力です。このフォロワーシップとでも言うべきものも、リーダーシップの一形態だと思います。

そして最後に認める力だと思います。裸の男もTシャツの男も何かを強制することなく、お互いを認め尊重し合っています。シヴァーズは裸の男がTシャツの男によってリーダーになったと強調しますが、Tシャツの男も最初の変人である裸の男がいなければリーダーにはなれなかったと思います。お互いがお互いを認め合ったからこそ、彼らの行動がリーダーシップと呼ばれるものになったのだと思います。

肝心なのは自分ではなく運動だということをシヴァーズは指摘しています。運動を大切にするということは、即ち運動に参加する人たちを大切にするということでしょう。大切にされた人達によってムーブメントは広がっていくのですから、認め合い、大切にする行為こそがリーダーシップなのだと思います。

 

成熟期のリーダーシップとは

さて、これまでで、スタートアップのリーダーシップに必要な条件がなんとなく見えてきた気がします。でも、そもそもの出発点はスタートアップと成熟期の大企業とでは必要なリーダーシップって違うんじゃないのって疑問でした。

なので、ここからは成熟期をむかえたチームのリーダーに求められるリーダーシップについて考えてみます。

ここでも同じくTEDのスピーチから考察のヒントを得たいと思います。
僕の大好きなスピーチです。是非ご覧下さい。

スピーカーはイスラエル出身の指揮者であり、ビジネスコンサルタントという異色の肩書きを持つイタイ・タルガムという方です。彼は20世紀を代表する五人の指揮者(リッカルド・ムーティ、リヒャルト・シュトラウス、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カルロス・クライバー、レナード・バーンスタイン)のパフォーマンスを取り上げ、彼らのスタイルをリーダーシップの観点から分析します。

確かに、丘で一人で踊りだすのがスタートアップ企業だとすれば、数十人のオーケストラを、はるか昔に作られた規則である楽譜に則ってリードする指揮者は、大企業の管理職や経営者に重ね合わせることができそうです。

タルガムはまず、権威主義の見本としてリッカルド・ムーティを取り上げます。

タルガムが言うには、ムーティの指揮は非常に明確かつ命令的、制裁的です。彼は演奏者の創造性を認めません。指揮者はつねにオーケストラをコントロールし、指揮者の理解した音楽をオーケストラに演奏させます。それが彼のスタイルだと。

もちろん、このようなリーダーシップもうまくいく時があると思います。例えば非常時には命令への絶対服従が組織を混乱から救うかもしれません。

でもやっぱり、それはあくまで限定的な場面においてのみ有効なリーダーシップだと思います。あまりに強いコントロールは、指揮下にあるメンバーの創造性を破壊し、奉仕の意欲を失わせます。そのような組織からは新しいものが生まれる余地はないと思うからです。

 

そしてタルガムは、次に紹介されるリヒャルト・シュトラウスの規則主義もムーティの権威主義と同様の弊害をもたらすと言っています。シュトラウスの指揮はムーティほど明確でも命令的でもありません。しかし、彼は何度も楽譜に目を落とすことで、暗にオーケストラにメッセージを伝えます。「解釈を入れてはいけません。楽譜の通りに演奏しなさい」というわけです。

そこにあるのは無干渉ともいえる態度です。演奏家が音楽から紡ぎだすストーリーに指揮者は何ら興味を示していません。指揮台には上がっていますが、指揮は彼ではなく楽譜によってなされています。リーダーが楽譜という規則を最重要視していることを、彼の仕草から敏感に読み取ったメンバーは、自分たちの行動を規則に適合させていきます。

 

三人目に登場するのは「楽壇の帝王」ヘルベルト・フォン・カラヤンです。カラヤンはオーケストラに明確な指示を全く与えません。目をつぶり、極度に脱力した腕がカラヤンとオーケストラの間をゆらゆらと漂うのみです。

正解は指揮者の頭の中にのみ存在し、それが表現されることがないのです。「明確な指示はアンサンブルを、互いに耳を澄ますことを破壊する」とカラヤンは言いますが、彼の意図に反し、オーケストラはリーダーの心を推し量ることを強要され、心理的な強いコントロール下に置かれます。

 

タルガムは、以上の巨匠三人をバッサリ切り捨てた後、日本でもファンの多い天才指揮者カルロス・クライバーを紹介します。動画をご覧頂くとわかると思いますが、彼の指揮は彼自身が楽しんでいることが十分に(必要以上に)伝わってきます。そしてオーケストラはもちろん、オーディエンスまでも巻き込み、演奏というプロセス自体を作り上げていきます。

彼は大きなアクションで指揮をしますが、それは決してオーケストラに何かを指示するわけではありません。彼は彼自身が楽しんでいること、そして彼がどのように音楽を解釈しているのかをオーケストラに伝えることで、オーケストラのメンバーが創造性を発揮できる「場」を用意しているのです。彼はメンバーから何かを取り上げることなく、一緒に演奏を作り上げるパートナーとして指揮台に上がっているのです。

そして、演奏者はクライバーによって与えられた「場」でそれぞれのストーリーを紡いで行きます。クライバーは一つ一つのストーリーに耳を澄まし、それらが「場」においてどのような意味を持つものなのかを瞬時に判断し、素早くかつ明確にフィードバックを与えます。適切なフィードバックによってオーケストラの進むべき道を示し、指揮者とオーケストラが一体となってプロセスを作り上げていくのです。

 

そして最後にタルガムが紹介するのは、自らが師と仰ぐレナード・バーンスタインです。バーンスタインもまたオーケストラに表現する勇気を与え続けています。彼は演奏家一人一人のストーリーを楽しみ、目や口、呼吸を使って演奏家にフィードバックをしていきます。

指揮棒を置き(!)、演奏者の表現するストーリーの一つ一つに耳を傾けます。彼らの演奏によって動かされた感情を露にし、ストーリーの中に自分を委ねます。

 バーンスタインのスタイルは、本当に独創的なリーダーは他者のストーリーに身を委ねることを恐れないことを示しています。相手のストーリーの中で、自分のストーリーを紡ぎだし、発展させ、再び相手に投げかける相互依存の中で、一人だけのものだったストーリーが渦を巻いて大きくなってゆき、ある時、みんなのストーリーとなるのです。

 

スタートアップ企業でも成熟期の大企業でも必要となるリーダーシップとは

ここで話は本稿冒頭の踊る裸男に戻ります。職質一歩手前だったこの男は、実はバーンスタインのような相互依存型のリーダーシップを発揮していたのです。

オーケストラであれ丘の上のムーブメントであれ、大企業であれスタートアップであれ、何かを創造する過程ではメンバーによる試行錯誤が必要不可欠でしょう。リーダーに与えられた仕事は、メンバーが創造性を十分に発揮できるような「場」を用意することなのだと思います。リーダーはチームの進むべき方向(だけ)を示し、彼らの創造性を支援しなければなりません。

とはいっても、支援はそれほど難しいものではないとも思えます。進むべき道が明らかになれば、メンバーはその「場」で創造性を発揮しはじめるでしょう。人間は生まれながらに創造的で試行錯誤を苦としない(むしろ喜んで引き受ける)生き物であることは、これまでの歴史が示しています(歴史、といってもエジソンの蓄音機や白熱電球の発明とか、ワットの蒸気機関の開発のような大げさなことを言ってるんじゃありません。例えば石器時代に握斧の切れ味を良くしたり、そのままじゃ美味しくも何ともない米や小麦を加工して食料としたような、より良きものへの探求とでもいえる性質が本能的に刷り込まれていると思うのです)。

石斧

であれば、メンバーは抑圧されない限りそれぞれのストーリーを語りだすものだと信じて良いのではないでしょうか(「ストーリーを語りだす」などと抽象的な表現で申し訳ないですが、例えば彼らの人生設計や働き方などから今日は何時に帰ろうかといったことに至るまで、メンバーの夢や置かれた状況の一つ一つがストーリーなんだと思ってます)。

むしろリーダーはメンバーがストーリーを語るのを邪魔しないように細心の注意を払うべきです。そしてメンバーがストーリーを語りだしたときに、事細かに指示したりノルマを設けて進捗を管理することではなく、メンバー一人一人のストーリーを受け入れ、時にはその中へ飛び込み、個々のストーリーを結びつけ大きなうねりとすることこそがリーダーが本当にやるべきことなのではないでしょうか。

もちろん、メンバーの創造性が十分に発揮されるようになると、時には予想もしなかった間違いや失敗に出くわすことになるかもしれません。しかしそれは、メンバーが規則を守ることや、リーダーの顔色を伺うことに意識を集中することでもたらされるリスクとはそもそも質の違うものです。

だって、メンバーが自ら創造性を発揮して犯した間違いや失敗はチームが学習するチャンスでもあるわけです。そのため、リーダーは創造性を伸ばすと共に、間違いや失敗に寛容である必要もあります。それらは表裏一体として存在しているからです。

もちろん、メンバーがチームの方向性と大きく外れそうなときには、適切なフィードバックが必要でしょう。しかしそれも、リーダーの示す方向性がはっきりとしている時にのみ有効です。方向性がはっきりとしている場合の適切なフィードバックは、メンバーにモチベーションとエネルギーを与え、彼らを勇気付けることになるでしょう。

 

まとめ

長々と書いてきましたが、最後に泣き言を言うと、やっぱりリーダーシップに関する議論は言語化するのが難しいです。それはたぶん、リーダーシップがスキルじゃないことに由来すると思われます。スキルではないので、具体的にこれをやればリーダーシップを発揮できているんだと言う事が非常に困難なんだなと感じました(その意味で、本稿とともにTEDの動画を観ていただければ、より感覚的に伝えられるんじゃないかとも思いました)。

たぶん、リーダーシップを習得しようとするなら、尊敬するリーダーの傍らから、彼や彼女がどのように行動しているかをつぶさに観察するのが一番だと思います。リーダーシップは常に文脈の中に現れ、移り行く状況に瞬時に対応しながら発揮されるものだと思うからです。

しかし、必ずしもリーダーシップを学びたい全ての人が、そのようなリーダーに巡り合えるとは限りません。
本稿ではそのような人たちのために、様々な人物を題材にリーダーシップについて考察をしてきました。

そして、丘でダンスを始めた裸の男、彼と共にムーブメントを作り上げたTシャツの男、さらにはカルロス・クライバーやレナード・バーンスタインといった指揮者たちに共通するリーダーシップを探ってみました。

チームの方向性を示し、メンバーのストーリーを受け入れ、それらを結びつけ大きなうねりとすることが、チームの大小や歴史の長短に関わらず共通するリーダーシップではないかというのが、現時点での僕の答えです。

僕もまだまだリーダーシップを学び始めたばかりですので、皆さんのご意見をいただきたいと思っています。
それから、リーダーシップを学ぶならこれは見ておけ、読んでおけ、感じておけってものがあれば是非教えてください。

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